博士論文

3成分空間自己相関法による

微動に含まれる表面波の位相速度の推定に関する研究

山本 英和

要旨


 微動探査法は,微動を群列地震計配置(アレー)で同時に観測することにより,微動に含まれる表面波の位相速度の分散関係を満足する地下速度構造を推定する手法である.現在までの研究では,表面波のうちRayleigh波を用いている.この理由は,Rayleigh波の位相速度は微動の上下動成分を観測すれば検出可能なためである.微動に含まれるもう一つの表面波であるLove波の位相速度も同時に検出可能ならば,地下構造推定の精度が向上することが考えられるが,実測データからLove波の位相速度を検出した事例はない.そこで,本研究ではRayleigh波及びLove波の両位相速度を用いて地下構造を推定することを目差して,3成分の微動をアレーで観測することにより微動に含まれるLove波の位相速度を検出することを目的とした.
 空間自己相関法は微動を定常確率過程と考え,波動の統計的性質を位相速度に結び付けている.本研究では,この空間自己相関法の理論を実際の観測に適用するため理論的・解析的な工夫をおこなった.特に,実際の微動記録ではノイズの混入が避けられないため,ノイズが存在してもLove波の位相速度を精度よく推定する解析法の確立を目差した.
 本研究の内容を以下に示す.
 第1章では,微動探査法の有効性を示し,本研究の目的であるRayleigh波とLove波の両位相速度を用いる意義について示した.
 第2章では,本研究で基礎となるAkiの空間自己相関法の理論と,それを利用した岡田・松島の微動に含まれるRayleigh波及びLove波の識別方法の基礎理論を記述した.
 第3章では,実測データに空間自己相関法を適用する新たな解析手法を提示した.Love波の位相速度はAkiの空間自己相関法の概念を拡張すれば理論的には推定可能であるとされてきた.しかし,その理論式は強い非線形性を持ち,観測された微動から直接に位相速度を推定することは非常に難しい.そこで,実測データにこの理論を適用するために,拡張された手法を用いて水平動微動からLove波の位相速度を推定する手法を新たに提示した.ここで,拡張空間自己相関法とは,相関距離と周波数の2変数関数である空間自己相関係数を離散化した相関距離で観測し,解析時には周波数で離散化して,Love波の位相速度を推定する手法である.さらに本研究では,最適解を判断するために残差分布を記述し,位相速度推定が適切に行われているかを判断する方法を提示した.微動中に含まれるRayleigh波の位相速度は微動の上下動成分のみから推定可能である.そこで3成分微動観測記録を,上下動からRayleigh波の位相速度を推定し,水平動解析時にはRayleigh波位相速度は既知のものとして扱った.また,上下動から推定されたRayleigh波の位相速度をLove波位相速度の推定探索範囲の上限・下限の決定に利用する方法を提案した.
 第4章では,Love波位相速度推定時には既知として使用するRayleigh波の位相速度の推定精度が高く保たれる必要があるため,自己回帰(AR )モデルを利用した上下動空間自己相関法の改良を行った.これは,相関係数算出過程においてARクロススペクトルを導入し,相関係数の推定精度の向上を目的としている.従来の帯域フィルタやFFTを利用した相関係数算出法ではデータ解析時における最適なバンド幅が設定されていない場合に生じる位相速度の周期的なうねりを消去することが可能となり,連続性の高い位相速度の分散関係を推定可能である.実際に盛岡市域で観測された微動にこの手法を適用することにより,それを証明した.
 第5章では,空間自己相関法を利用することにより微動の長波長成分を検出可能であることを実際の観測から検討した.地下構造が異なると考えられる盛岡市域4地点において複数の上下動微動のアレー観測を実施した.その記録に空間自己相関法と周波数−波数解析法を適用し,Rayleigh波の位相速度の検出可能な最大波長がアレーの最大地震計間隔の何倍に相当するかを検討した.4地点における解析結果から,周波数−波数解析法ではアレーの最大地震計間隔の1.2倍から1.9倍の波長まで,空間自己相関法では3.6倍から8.4倍の波長まで検出することが可能であることを経験的に示した.空間自己相関法が周波数−波数解析法と比べ4倍程度長い波長を検出可能であることが観測から明らかになった.限られたアレーの微動観測から広い周波数帯で位相速度を得るためには,空間自己相関法が微動探査法として有効な手